ログイン第六十七話 吉原外
男が梅乃を連れ去り、半日が経った。 船はお歯黒ドブから川へ向かい、浅瀬の岸に着く。
男は梅乃の猿隈を外し、「ごめんな…… 痛かったかい?」 そう言って謝っていると
「痛いと言うより、本当に驚きました……」 梅乃は困惑している。
夜明け、空は藍色に変わった頃に玲がやってくる。
「梅乃ちゃん、ゴメンね。 驚かせちゃったね」
「はい。 お歯黒ドブに跳んだ時は終わったと思いましたよ……」 梅乃は平然を装い、話している。
「それで、どこに連れ去る気ですか?」
「どうしても梅乃ちゃんに来
第六十九話 桔梗 この日、定彦は三原屋に呼ばれて座敷に座っていた。 「すみません、定彦さん…… こんなに久しぶりなのに……」 玉芳はお茶を出す。 「そうだね。 十数年ぶりだもんね…… それにしても、綺麗になった」 ここでは時間外に男の出入りがあると、客が流れ込んでも迷惑になるので定彦は女装をしていた。 (背も高く、綺麗……) 「何を言いますか。 定彦さんこそ、色気が増しているんじゃないですか?」 玉芳は、師との再会に笑顔だったが 「それで、梅乃の事でありんす…… 連れて行ったのは玲と聞きました。 玲は、以前に梅乃を殺しかけて逮捕状が出ていると聞きましたが……」 「その件だよね。 本当に妹が迷惑をかけました」定彦が静かに頭を下げる。 その姿は美しく、歌舞伎役者だった頃を彷彿させるものであった。「それで、梅乃を何処に連れていったんだい?」 采が定彦を睨むと、「きっと、実家になります」 「案内しておくんなんし……」 玉芳が立ち上がると、「私は舞台子になった時から家を勘当されていまして……」 苦笑いをすると、「定彦さん― 今は梅乃の大事でありんすっ― また殺されるんじゃ……」玉芳が言うと、「それはない。 玲は梅乃ちゃんが好きなんです! 以前、梅乃ちゃんが生き
第六十八話 縫合梅乃が誘拐されて四日。 三原屋と鳳仙楼だけはソワソワしている。“コンコン―” 「失礼しんす」 鳳仙楼の戸を叩いたのは菖蒲と勝来である。「こんにちは」 頭を下げて挨拶をするのが瀬門だ。「主人様は?」 勝来が聞くと 「梅乃を探しに出たままです……」それを聞いて、勝来が安心する。まだ吉原に残っていたら腹を切らせると言ったからだ。「それで、情報は?」 瀬門が聞くと、菖蒲は首を横に振る。「営業できますか?」 「父様が居ないと会計が……」 「今までも主人がやっていたのですか?」 「はい。 ここ最近では、昼間は梅乃がやってくれたりもして……」瀬門が答えると、 (なんで梅乃は、どこでも遣り手が出来るのよ……) 菖蒲と勝来は苦笑いをする。「きっと、三原屋でも特別だったのでしょうね……」「まぁ、色んな意味で特別ですね」 そして、今後の鳳仙楼の方針などの説明をする。 采の指示を受けての伝言であった。「菖蒲、勝来~」 そこに鳳仙がやってくると「鳳仙花魁……」 そこには安堵の笑顔が出てくる。 菖蒲と勝来は鳳仙楼の中に入り、梅乃の誘拐の話をすると「何っ―?」 鳳仙の眉間に力が入る。「お前、どうして大事な事を知らせないん
第六十七話 吉原外 男が梅乃を連れ去り、半日が経った。 船はお歯黒ドブから川へ向かい、浅瀬の岸に着く。 男は梅乃の猿隈を外し、「ごめんな…… 痛かったかい?」 そう言って謝っていると「痛いと言うより、本当に驚きました……」 梅乃は困惑している。夜明け、空は藍色に変わった頃に玲がやってくる。「梅乃ちゃん、ゴメンね。 驚かせちゃったね」 「はい。 お歯黒ドブに跳んだ時は終わったと思いましたよ……」 梅乃は平然を装い、話している。「それで、どこに連れ去る気ですか?」「どうしても梅乃ちゃんに来て欲しかったの。 付いてきて」 玲が案内をすると、梅乃は後ろを歩く。 梅乃の後ろには男が監視するように歩いていた。(これじゃ逃げられないな……) 梅乃は観念したように歩いていく。朝になり、三原屋では噂が広まっていた。「梅乃、どこに連れて行かれたのかしらね……」 妓女たちの話し声が聞こえてくる。その横には呆然とする小夜と古峰が立っていた。「そんな簡単な話じゃないよ……」 小夜が小さな声で呟くと、(そりゃ、双子のように育った相手が目の前で誘拐されたんだから……)古峰はチラッと小夜を見る。すると、早々に鳳仙楼
第六十六話 悲痛の捜索「梅乃―っ」 吉原には呼ぶ声が響く。「いた?」 「ううん……」 慌てる妓女は、走って吉原中を探している。大見世の多い江戸町は宴席の声が響き渡っていた。鳳仙楼の主人も必死に走り回っている。(どこに行っちまったんだい……)その頃、三原屋では采がソワソワしている。(お婆、何かあったのかな……) 傍で見ていた片山も不思議そうな顔をしている。二階は酒宴で盛り上がっている。 古峰が酌をすると、外からの声が耳をかすめた。(誰かが梅乃ちゃんを呼んでいる……)古峰は、菖蒲を見て「菖蒲姐さん…… 私、お腹が痛い……」 小さく声を出すと「古峰? 大丈夫? すみません、古峰だけ下に連れていって構いませんか?」菖蒲が客に話す。「もちろんだよ。 古峰ちゃん、しっかり休んでな……」 客が心配そうにしていると、「すみません……」 古峰は菖蒲と一階に降りていく。「岡田先生…… 古峰を診ておくんなんし……」 そう言って、古峰を岡田の部屋で休ませる。(菖蒲姐さん、ごめんなさい……)&n
第六十五話 春の嵐「おはようございます。 姐さん……」 梅乃が挨拶をして大部屋にやってくる。「おはよう、梅乃♪」梅乃が鳳仙楼にやってきて一ヶ月が経とうとした頃、妓女たちは『梅乃ちゃん』から『梅乃』と呼ぶようになっていた。 「ようやく見世が再開できて良かったですね♪」 「ありがとう…… 本当に梅乃には感謝だよ。 いてくれなかったら、鳳仙楼《ここ》の妓女の全員が生きてなかったからさ……」 「そうですか、本当に助けられて良かったです」 そう言って、梅乃がニギニギをすると 「前に九朗助稲荷で見たんだけんど、そのニギニギは何なんだい?」 妓女の一人が聞く。「これは三原屋で、小夜と古峰との約束の形なのです。 「みんなで花魁になろう……」って。 でも、叶わなくなってしまいましたが……」 梅乃は笑って話すが、「……」 鳳仙楼の妓女たちは黙ってしまった。(大変、申し訳なく感じる……)それから昼見世が始まり、「梅乃、遣り手をお願いできるかい? ちょっと挨拶回りがしたいんだが……」 主人は、迷惑を掛けた妓楼へ挨拶をしたかったようだ。「構いませんが、過去簿を見せてもらえますか?」 梅乃は過去簿から、妓女の値段や宴席の価格などを確認していく。(なんなの
第六十四話 再燃梅乃が鳳仙楼にやってきて、一ヶ月になろうとしていた。「もうすぐ三月かぁ~」 梅乃は、仲の町で梅の花を見ていた。(こんな時期に、お婆は私を拾ってくれたんだよな……)采が拾って名付けをしたのは、仲の町に梅の花が咲いていたからだと教えてくれた。 これを梅乃は気に入っていた。「なんか嬉しくなるな~ もうすぐ十四歳か~」 そんな独り言を言っていると、「珍しいな! お前が一人で歩いているなんて」「喜久乃花魁……」 梅乃が頭を下げると、「んっ? なんか雰囲気が変わった?」 喜久乃が梅乃をジロジロと見る。「あれ? 花魁の情報網でも知らなかったのですか?」 梅乃がニコッとする。「何? 何があったんだ?」 喜久乃がキョトンとしていると、「梅乃~ 久しぶり~」 菖蒲が梅乃に抱きつく。(久しぶり? どういうこと?) 喜久乃は混乱している。「あっ、喜久乃花魁。 もう一ヶ月も前のことですが、私は鳳仙楼でお世話になっているんですよ」 梅乃が話すと、喜久乃はポカンとしている。そこから数秒が経ち、喜久乃が顔を真っ赤にして「どういう事だ? なんで梅乃を…… 采さん、ボケたのか?」「私も思いましたが、普通に生活は出来ている様子ですが……」 これに菖蒲が真面目に答えている。(まぁ、歳だしね……) 梅乃